▶【罪悪感2】罪が生まれる時

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自分では、なぜだか分からない

けど、人生がうまくいかない。

裏目にでることばかりしてしまう。

どうしても、自分が思うように

動けない、踏み出せない。

このような時、その裏にあるのは

無自覚な「罪悪感」かも知れません。

 

心理カウンセラー

長谷川 貴士です。

 

==< もくじ >====

1:「罪悪感」が生まれる時

2:「罪悪感」を生む
           無意識のルール

============

 

1:「罪悪感」が
  生まれる理由


「自分は悪いことを

 してしまった。」

こう感じる時、私達は、

心に「罪悪感」を抱きます。


それでは、

「自分は悪いことを

 してしまった。」

と思ってしまう理由とは

なんでしょう?


その理由とは、実は、

「自分はルール(や規範)を

 破ってしまった。」

これです。


「ルールや規範」、

言い換えると、

何がして良いことで、

何がしてはダメなのか?


つまり、

「善悪の基準」

無ければ、良いも、悪いも

存在しません。


例えば、タバコ、喫煙。

今から30年以上前、

元号が「昭和」だった頃は、

お店でも、路上でも、

今より至るところで、

タバコを吸っている方が

多かったように記憶しています。


しかも、喫煙者の方々は、

今よりも、もっと堂々と、

少しも臆することなく、

タバコを吸われていたと思います。


しかし、30年以上前の

「昭和」から時代は進み、

タバコの煙の害が

喫煙習慣のある本人だけなく、

周囲にもけっこうある。

 

このことが広く知られる

ようになってからは、

様々なルールが増えて、

喫煙が「悪」と見なされる

場所や機会が増えていきました。


ですから、

喫煙習慣がある方々が、

(喫煙者である自分は、)

「肩身が狭いよ」

こう言われているのを

度々聞いたことがあります。


「肩身が狭い」、とは、

縮こまって、身を潜めて

目立たないようにしなければ

ならない感じがしていることを

表す言葉ですね。


つまり、喫煙者の自分は、

堂々とはしていられない。


なぜなら、

喫煙が自分のみならず、

周囲の人達にとっても、

健康に害がある悪いことと

喫煙者の方自身が

自覚しているからです。


もしくは、

周囲からは喫煙が悪だと

思われていても

自分はそれに反論できない。

 

「肩身が狭い」と感じている

喫煙者の方々は、このような

心理状態にあります。


このために、喫煙習慣が

ある方々の中には、

この頃は、自主的に、

ほぼ無煙の電子タバコを

選ばれている方も

増えていますね。


ここで、
紹介させて頂いた、

「肩身が狭い」や、

「電子タバコ」は、

やや大げさかもしれませんが、

喫煙者の方々の

「罪悪感」の表れとも

言えるでしょう。


このように、

社会のルールや、

個人の規範が変わると、

それに合わせて、

善悪の基準が変わります。


かつては、

「悪」でも、「罪」でもなく、

「罪悪感」を抱くことなく、

楽しむことができた、

公共の場での喫煙が、


ルールや、

規範(モラル、マナー)が

変化したことで、

「悪」や「罪」になり、

「罪悪感」を抱く理由に

変わりました。


ですから、

「何が善で、

 何が悪か?」


つまり、

「何に「罪」を感じて、

「罪悪感」を

心に抱えるか」は、

それぞれの人や、社会が

その時に持っている

ルールや基準次第 です。


ですから、

==============

「罪悪感」が生まれる理由とは

  このような自分の心が同意し、

  受け入れている、

  ルールや基準があるためです。

==============

そのルールや基準に違反する

ことで、初めて「罪悪感」は

生まれます。

ここがポイント!

2:「罪悪感」を生む
     無意識のルール

=============

 「罪悪感」は

ルールがあるところに

 生まれる。

=============


一言で言ってしまえば

これだけなのですが、

この「ルール」が曲者です。


というのも、

私達は心の中に、

言葉になっていない、

膨大な量のルールを

抱えている からです。


それは、
無自覚な好みや

こだわりとして、

かいま見ることが

できるようなものです。


例えば、
結婚したなら、

女性がご飯をおいしく

作らなければならない。


だから、

料理が苦手な自分はダメで、

「悪」で、「罪」


このようなルールや

基準を抱えているために、

結婚に対して

前向きに踏み出せない、

自分に自信が持てない。


こんな自分でも気が付いていない、

無自覚な思いを抱えている方も

実は少なくありません。


今の時代であれば、

ちょっと古風な考えと

感じられる方もあるかも

知れません。


自分とは無縁とも思える

人もいらっしゃると思います。


しかし、上のような思いから

「罪悪感」を抱いてしまうことは

実際には少なくありません。


それは、

「結婚したなら、

女性がご飯をおいしく

作らなければならない。」


このルールは、自分から

お母さんへの愛のために

出来ているルールだからです。


もしくは、お母さんへの

愛の裏返しでの憎しみのために

出来ていることも多い

ルールだからです。


お母さんへの愛や、その愛が

反転してしまった憎しみは、

多くの人にとって馴染みの

ある感情です。


例えば、自分のお母さんは、

自分たちのためにいつも美味しい

母の味でごはんを用意し続けてくれた。


そのお母さんを愛しているならば、

自分も同じことがしたくなります。


それが、母がよろこぶことであり、

母からの愛のお返しになると、

無意識の内に知っているからです。


そのような時、その女性は、

お母さんのように料理を作りながら、

「お母さんありがとう。お母さんの

 ようなお手本があって、私は本当に

 幸せです。」

このように無意識の内に感じています。


そして、この思いが母を安心させ、

よろこばせることを心は知っています。


しかし、それが出来ない時は、

自分がする必要があることを

十分にできていない感じがして

「罪悪感」を抱きます。


「自分も母親と同じくあらねば」、

これが、無意識のルール、基準に

なっているからです。


また、逆に、母親が忙しく、余裕が

無かったために、手料理をあまり作って

もらえず淋しい思いを募らせていた娘が

いたとします。


そのようなとき、初めはお母さんへの

愛だったものが反転してしまいます。


子供から両親への愛には期待が

混じっています。その期待が裏切られる

ことで、愛は憎しみに反転します。


愛が反転してしまった憎しみの表現として、

自分は母親と違って、美味しい料理を

ちゃんと家族に作ってあげて見せると、

意地になって思い、こだわります。


そして、それが出来ないとき、

自分も自分が責めている母親と

同じであることで、

自分をも責め始めて、

料理がうまくできないことに

「罪悪感」を抱き始めます。


こちらは、「母親は子供の期待に

応えて手料理を作るべき」このような

無意識のルールが心にある結果です。


さて、こちらの例は

どう感じましたか?

心の無意識の部分は、

このような感じなっているので、

自分がどんなルールに

縛られているのか?

私達はそのことを

ほとんど分かっていません。


このために、

何を「罪」に感じて、

「罪悪感」を抱えることに

なるかは、

本当に人それぞれです。

 

多くの場合、その当人でさえも、

自分が「罪悪感」を抱えている

ことにほとんど気が付いていません。


この自分でも見えない、

自分の「罪悪感」やルールに、

自分自身でその、ある、なし、に

気が付ける時があります。


それは、
自分にもできても

良さそうと思えることが、

なぜか?理由が分からないけれど、

自分にはできない時、です。


その裏には、
「罪悪感」と

無意識のルールが

あることが多いです。


それは、

「罪悪感」は

「幸せへのブレーキ」

であり、

「マイナス方向への

 ベクトル」

だからです。


それでは、なぜ?

そう言えるのか?

次回は、

自分に、幸せになるための

二の足を踏ませて、

足踏みさせて進ませない、

「罪悪感」について、

より詳しくお伝え

していきますね。

次回もお楽しみに(^^)/

 

次の記事はこちら。

▶【罪悪感3】 幸せへのブレーキ

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 【罪悪感1】罪と罰?

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