▶「罪悪感」は幸せへの 強烈なブレーキ

長谷川
カウンセラー長谷川

罪悪感があると

無自覚の内に

幸せを避けるように

なってしまうんだよ

柴犬
柴犬うみ

ニンゲンって

フクザツでタイヘンね

あたし犬で良かった

自分は運が無い。それどころか、

不運ばかりの不幸な人生だ。

 

冷静な時に振り返れば

あの時聞いておけばよかったと

思えるようなアドバイスを

無視してしまって失敗する。


いつも後悔することばかりの

失敗だらけの人生。


「自分はいつもそうだ。」


こんな風に思った

ことはありませんか?


私は、いつもそうでした。


カウンセリングを利用して

人生を変えるまでは。


心理カウンセラー

長谷川 貴士です。


※私の半生は、こちらから

→「月間400時間労働、腫瘍摘出手術、
 就職詐欺から私がカウンセラーになるまで」
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===<もくじ>====

1:「罪悪感」の強制力

2:「罪悪感」が幸せに
 強烈にブレーキを踏む事例

3:「罪悪感」と「罰」

===========

 

 

1:「罪悪感」の強制力

 

実は、私達が上記のような

思いを抱えてしまう裏側には、


私たちが深層心理に抱えている、

「罪悪感」が作る仕組みが

働いていることが多くあります。


なぜなら、私たちにとって、

「罪悪感」とは

「幸せへのブレーキ」であり、

「マイナス方向へのベクトル」

だからです。


私たちは、「罪悪感」を抱えていると、

幸せになることへ二の足を踏み、

足踏みするばかりで、

前に進むことができません。


「罪悪感」を抱えていると、

私たちは、どこにもたどり着く

ことができなくなります。


ほっとできる時間、

安心できる場所、

望んでいた生活、


そのような、私たちが

望むもの全てが

とても遠い存在となります。


私たちが心に「罪悪感」を

抱えていると、


私たちは、無自覚の内に、

自分が幸せになる選択を避けて、


自分が失敗する方、

自分が苦労する方を

自動的に選択してしまいます。


選択の先にあるリスクや、

危険、苦難が見えなくなります。


自分では最良(ベスト)を

選択しているつもりでも、


自分が不幸で苦しむ方向に

まっすぐに進んでしまいます。


「罪悪感」には、

そんな強制力があります。


次の章では、自分でも

気が付かない内に抱えている

「罪悪感」の作用のために、


幸せを自ら遠ざけてしまう

ことを身近な例を挙げて

解説させて頂きます。


お読み頂くことで、


「罪悪感」とは

「幸せへのブレーキ」であり、

「マイナス方向へのベクトル」


このことが実感を持って

よく分かると思います。

 

 

2:「罪悪感」が幸せに
 強烈にブレーキを踏む事例

 

前回にお伝えさせて頂いたように、

「罪悪感」は、私達が

「心に抱えているルール」

(=「善悪の基準」)

を破ることで生まれます。


私達は心の中に、

自分でも気がついていない

沢山のルール(=「善悪の基準」

=「これは良い、あれはダメ。」)


を抱えていることも

前回にお伝えしました。


自分でも気がついていない

心のルールを、


自分でも気がついていない内に

破ってしまっていることで


自分でも気が付かない

「罪悪感」を抱えることに

なっていることも多いです。

 

 

【無自覚のルール】< 例1>

「家族と同じ状態に留まること」


私達が気づかない内に

「心に抱えているルール」

の一つに、


「家族と平等であるために、

 家族と同じ状態・境遇に

 とどまらなければならない。」


これがあります。


上記のルールを

「自分は破ってしまっている」と

無自覚の内に感じていることで、


知らず知らずのうちに、

「罪悪感」を抱えてしまい、


自ら、幸せを遠ざける選択を

してしまうことがあります。

 

 

「家族と平等であるために、

 家族と同じ状態・境遇に

 とどまっていなければならない。」


私たちが上記のルールを

抱えてしまう理由には、


「家族への愛」
があります。


私たちは、私たちが愛を

向けている相手が、

疲れている時、

苦しんでいる時には、


その人の隣に留まり、

その人に助けの手を

差し伸べることを選択します。


私たちの深層心理

(=本能に近いところ)には

「家族への愛」があるので、


私たちは、疲れている家族、

苦しんでいる家族の隣に留まり、

助けの手を差し伸べます。


この動きは、具体的には

行動面と心理面の両面で起きます。


行動面で起きることは、


疲れている家族、

苦しんでいる家族の

そばから離れないで、

お世話をする。


疲れている家族、

苦しんでいる家族が

必要なことをすることで支える。


上記のようなことです。


心理面で起こることが、

前述の、


私達が

「心に抱えているルール」

の一つにある、


「家族と平等であるために、

 家族と同じ状態・境遇に

 とどまらなければならない。」


これです。


私たちは、家族が、

疲れている時、

苦しんでいる時に、


自分だけが、浮かれたり、

明るい気分になることが

難しいですね。


この心の動きは、私達に

「家族」への「愛」が

あることで起きます。


「家族と平等であるために、

 疲れ、苦しんでいる家族と

 同じ場所、同じ状態に

 とどまらなければならない。」


この「家族への愛」から

生まれている「ルール」を


「自分は十分には守れていない」

「自分は破ってしまっている」


こう深層心理で感じることで、

私たちは「罪悪感」を抱えて

しまいます。


私たちは、「罪悪感」を感じると、

その「罪悪感」を

避けるための選択をするか、


「罪悪感」に見合う「罰」を

自分に与え始めます。


上記の心の働きを、以下に

よくある4パターンの事例をあげて、

解説させて頂きます。

 

< よくある事例 >


両親が自分の幼少期に離婚。

シングルマザーの母に育てられた娘。


母がいつも苦労して、疲れ果てて

いる姿を見て、


十分に母を助けられていない

「罪悪感」に

胸を痛めながら成長した。


娘に「母」への「愛」が
あることで、

以下の「ルール」が生まれます。


「家族と平等であるために、

 疲れ、苦しんでいる家族と

 同じ場所、同じ状態に

 とどまらなければならない。」


この「ルール」のために、

娘に起きやすい状態は以下です。


<1>

大人となり、母とは

衝突することが多いので、

距離を取りたいと、

いつも考えているが、


どうしても家を出る選択ができず、

母との同居生活を変えることが

できず、ストレスに苦しんでいる。


→苦しんでいる家族と

 同じ場所(=同居)に

とどまっていることを、

無自覚の内に選択しています。


<2>

交際相手と仲が深まり、

結婚の話しが出始める頃になると、


心が固まってしまい、

交際相手と向き合うことが出来ずに

結婚に進むことができない。

(いつも破局してしまう)


→苦しんでいる家族と

 同じ境遇(パートナーがいない状態)

にとどまっていることを、

無自覚の内に選択しています。


<3>

結婚をしたが、結婚生活が

始まった頃から、

(もしくは、子供が生まれた頃から)


急に夫に腹を立てることが多くなり、

頻繁に離婚を考えるようになる。

(実際に離婚してしまう。)


→苦しんでいる家族と同じ境遇

(=離婚、パートナーがいない状態)

にとどまることを、

無自覚の内に選択しています。


<4>

結婚をして、子供にも恵まれ、

夫も優しく、経済的に不自由も無い。


しかし、原因不明の体調不良で、

家事も、子育ても十分に

出来なくなってしまい、


夫や子供に心配や不安を

掛けてしまい、

とても心苦しい日々が続いている。


→苦しんでいる家族

(シングルマザーの母)と

同じ境遇にとどまれていない

自分の状態に、

「罪悪感」を抱えてしまっている。


そのために、無自覚の内に

自分に「罰」を与えている状態です。


(「罰」=夫、子供と仲良くできない、

 体調不良で苦しむ)


( 例ここまで )

 

私たちは、上記のように、


自分の心の中にある「ルール」を

破ることで生まれる


「罪悪感」を

避けるための選択をするか、


「ルール」を破ってしまうと、

「罪悪感」に見合う「罰」を

自分に与え始めます。


これが、「罪悪感」とは

「幸せへのブレーキ」であり、

「マイナス方向へのベクトル」

こう言える理由です。

 

 

【無自覚のルール】<例2>


「(命の)恩人である家族を

嫌い憎むことは(恩知らずで)ダメ」


上記のルールは、私たちの

本能(生まれながらに

生き延びるために備わっている習慣)

レベルの以下のルールの一部です。


「自分の命や生活の基盤を用意し、

 貢献してくれている人や存在に

 自然な敬意と感謝を表したい」


※簡単に言うと「お世話になって

居る人には頭が上がらない。」

このことです。


上記のルールがあることで、

自分が所属しているグループ

(家族や社会など)での


立場や関係性が円満となることで、

生き延びるための助けが

得られやすくなり、

自分の命を守ることができます。


(例ここまで)


私たちは、無自覚な

本能レベルで、


「(命の)恩人である家族を

嫌い憎むことは(恩知らずで)ダメ」


この「ルール」を心の中に
持っています。


しかし、


「家族には、憎しみの

 感情しかありません。」


「家族は嫌いです。

 もう何年も会っていません。」


「私には家族は居なかったと

 思っています。」


「私には家族への愛情は

 ありません。」


このような思いを

持っていらっしゃる方々

が居ることを私は知っています。


「家族」を憎み、嫌うことで、

無自覚の内に、上記のルールに

違反してしまうことで、


無自覚の「罪悪感」を抱えてしまい、

人生に行き詰ってしまっている方々を、


カウンセリングでサポートさせて

頂く機会も少なくなかったからです。


「家族」を憎み、嫌うと、

私たちは「罪悪感」を抱えて

しまうことになり、


心理的に進むべき道も、

帰る場所も失います。

 

 

私たちは、自分でも意識できて、

自覚できる、表面上では、


「自分は家族を愛していない」

と決めることができます。


しかし、私たちは、

私たちの本能の部分にある

「家族への愛」を消すことも

捨て去ることもできません。


私たちの心の深い部分には、

自分でも気が付いていない

「家族への隠れた愛」

がいつでもあります。


「家族を無視する」

「家族を居ないと決める」

「家族を嫌う」

「家族を呪う」


このような思いは、

私たちの心の深い部分にあり、

決して無くすことができない


「家族への隠れた愛」から

生まれる以下のような「ルール」


「(命の)恩人である家族を

嫌い憎むことは(恩知らずで)ダメ」


「愛している家族が

 苦しみ疲れている時には、

 助けの手を差し伸べたい」


に違反しているため、

「罪悪感」を生みます。


私たちが「家族を嫌い」

「罪悪感」を抱えると、


自分を自分が許せなくなり、

自分に自分が罰を与え始めます。


自分が自分に与える「罰」として、

幸せを遠ざけ、苦しみ、不幸になる

選択を選び続けてしまいます。


この「罪悪感」と「自己処罰」の

仕組みが、「家族」を憎み、嫌うと、


私たちが、心理的に、
進むべき道も

帰る場所も失う理由であり、


「罪悪感」とは

「幸せへのブレーキ」であり、

「マイナス方向へのベクトル」

こう言える理由です。

 

 □  □  □

 

上記の<例1><例2>は、

自分では気が付いていない

「罪悪感」によって、


「自己処罰」を始めてしまう

ことになる身近な例でした。


< 2章のまとめ >


私たちの心の中にある、

「罪悪感」と

「自己処罰」の仕組みが、


「罪悪感」とは

「幸せへのブレーキ」であり、

「マイナス方向へのベクトル」

と言える理由

 

 

3:「罪悪感」と「罰」

 

私たちが抱える

「罪悪感」の大きさは、


私たちにある「愛」の大きさと

関連していることがあります。


心理の観点から見るならば、

私たちにある「愛」は


もっとも根元的で、

もっとも強い力です。


私たちにある

「家族への愛」から生まれる、


「家族と平等であるために、

 家族と同じ状態・境遇に

 とどまらなければならない。」


このルールは、
とても優先順位の

高い強力なルールです。


このルールを破ると、


私たちの深層心理に
非常に

大きな「罪悪感」が生まれます。


その「罪悪感」が

私たちに要求する「罰」は


時に自分の命そのものと

釣り合うほどの

大きさにまでなります。


「自分には生きている

 価値などない。」


「もう、消えてしまいたい。」


意識できる理由なく、

このような思いが

出て来るようになったり、


上記のような

「自分には生きている

 価値などない。」


この思いにたどり着く選択を

人生で繰り返してしまいます。

 

 □ □ □


私たちには、

「家族への愛」があり、


「家族と平等であるために、

 家族と同じ状態・境遇に

 とどまらなければならない。」


このルールが

深層心理にあります。


そのため、

家族をイメージした時に、

家族の中に、


不幸な人、不遇な人、

疲れている人、

苦しんでいる人が

居るのならば、


私達はそのイメージの

家族より幸せになることが

出来なくなります。


私たちは、(自分以外の)

家族のメンバーの境遇を越えて、


自分だけが幸せになることを

選択しようとすると

「罪悪感」が生じます。


その「罪悪感」が求める

「罰」のために、


自分が幸せになるはずの選択肢を

選ぼうとする時に、

うれしさが溢れる代わりに


命に関わるような

非常に危険なことを選ぶ時のような、


とても大きな不安と怖さで

心が一杯になってしまうことが

あります。


これもまた、「罪悪感」を


「幸せのブレーキ」


と呼ぶことができる理由です。


 □ □ □


私たちは、心に

「罪悪感」を抱えていると、

幸せを避けるのみならず、


「罪悪感」が求める

「罰」を避けるために、


自分の心の中にある

不幸で、不遇なイメージがある

家族のメンバーの状態に、

自分の状態を合わせようとします。


そのために、進んで

自分の幸せを破壊することまでも

してしまいます。


自分の幸せ度合や、

不幸度合を調整するために、


心の病になってしまったり、


自分の状況を悪化させる

衝動に悩まされたりします。


<例>

パートナーと不仲になる

離婚、ギャンブル依存、

過剰な浪費、違法行為、

仕事が続かない、

掃除ができない、など

(例ここまで)


これも、「罪悪感」が

「マイナス方向へのベクトル」

と呼べる理由です。

 

ここまでの解説で、

「罪悪感」がどのくらい、

私達の人生を左右するパワー、


つまり強制力を持っているのかが

伝わっていればうれしく思います。


私たちが心に抱えている

「罪悪感」に目を向けることは、

私たちが幸せになるための

第一歩になることも多いです。


私たちの心に、強大な強制力を持つ

「罪悪感」を

どのように解消していくのか?

手放していくのか?


これも心理カウンセリングの

大きなテーマの一つです。


私自身も、カウンセリングを利用して、

沢山の「罪悪感」を手放してきた結果、

今があります。


さて、それでは、私の

心理カウンセリングでは、


この「罪悪感」を
解消するために、

どのようなサポートを

提供しているのか?


次回に続きます。


どんな状況でも、
希望はあります。

私達は笑顔になるためにここにいます。

 

この記事を書いた人


長 谷 川 貴 士(はせがわ たかし)
大阪府箕面市で心理カウンセリングを提供している、
国家資格(公認心理師)試験合格・心理カウンセラー
ドイツに渡航するなどして、学び身に付けた
カウンセリング手法は、日本ではまだ 珍しく、しい。
既存の方法では 十分に 心の課題 を 克服することができて
こなかった、不調 人間関係方々にとって、
これまでにない しい手法は、希望 作る
ことの しい機会 となっており、特に ばれている
1980年生まれ。妹が1人いる。既婚。愛犬は 柴犬うみ。
趣味:日帰り登山、家庭菜園。日課:ジョギング。
自己紹介

さ ら に し く↓↓↓

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