1:ホ・オポノポノ=私を助けてくれたセルフケア
心身の健康のために、
自分で、日常で、行うことができる、
セルフケアの方法への
ご質問は多いです。
今回は、そのご質問の
お答えの一つとして、
私がこの10年以上、1年365日、
毎日欠かさず行ってきた、
セルフケアの方法についてお伝えします。
心理カウンセラー
長谷川 貴士です。
- ホ・オポノポノが助けてくれたこと
- ホ・オポノポノと出会う前の私
- ホ・オポノポノとは?
そのセルフケアの方法は、
とてもシンプルで、
誰もが行うことができます。
私も、そのセルフケアの方法を
2009 年に、本で読んで知ってから、
その日のうちに、すぐさま
始めることができました。
そして、その方法を
日々の習慣として行うように
なりました。
私は、そのセルフケアの方法を、
習慣にしたことで得られている
結果に、とても満足しています。
ですから、私は、
そのセルフケアの方法を
自分の心身の健康のために
とても大切なものだと思っています。
それでは、
そのセルフケアの方法を
ご紹介させていただきます。
1:ホ・オポノポノが
助けてくれたこと
私が、この10年以上、1年365日、
毎日欠かさず、心身の健康のために
行っていることとは、
「ホ・オポノポノ」です。
その「ホ・オポノポノ」の習慣の
おかげ様で、色々あった
この10年間、心身の健康を保つ
ことができました。
まずは、私が、ホ・オポノポノ
というセルフケアの方法を使って、
どのようにストレスフルな場面を
乗り切ってきたのかを
実際の事例を通してお伝えします。
< 私の、この10年間にあった
ストレスフルだった主な出来事 >
【1】就職詐欺に合う
就職詐欺にあった結果、
仕事も、住む場所も失い
行き場を失いました。
※詳細はHP内の
「カウンセラー紹介」に書かせて
頂きましたので、ご興味がある方は
そちらもお読み下さい。
このときも、
日々ホ・オポノポノしました。
私は就職についての約束が
守られなかったことに当惑して、
とても困りました。
就職の約束を交わしていた
社長からは、目の前で、
「約束というものはそもそも守れないし、
守らなくてもいいものだ」
と言い切られてしまっていました。
しかし、私は、文句ひとつ言わず、
本当に何もせずにいました。
ただ、ホ・オポノポノを
日々続けていただけでした。
すると、2カ月経った頃。
私の知らないところで、
色々とあったようで、
私の就職は当初の約束通りと
なっていました。
その後では、その会社の
社長を始め、皆さんには
とても温かくお世話になりました。
今でもとても感謝しています。
【2】農家を志していたが挫折
3年連続、獣との闘いに敗れ続け、
収穫がゼロ。つまり、収入がゼロ。
挫折しました。
獣は主に鹿とイノシシ、サルでした。
獣害対策として犬を飼ったり、
ネットやトタンの壁を作りました。
< 獣害対策で飼い始めた柴犬・うみ >
しかし、米や野菜が実り、収穫時期になると、
人も犬も寝静まった深夜、
ネットは食い破られ、トタンの壁は破壊され、
支柱の鉄パイプは折り曲げられて、
それまでの全ての努力が無駄になるのでした(泣)
この時も、ホ・オポノポノしていました。
すると、農家になることが叶わなかったので、
心理カウンセラーへの道につながりました。
いざ心理カウンセラーを始めると、
新しい獣害対策システム(電気柵)が手に入り、
初めて、農作物を収穫することができました。
< 4年目にしての初収穫のじゃがいもと私 >
【3】急に雇用を打ち切られる
押し出されるように、
保障のないフリーランスになる。
フリーランスの働き方には、雇用保険も、
傷病手当もなければ、有給休暇もありません。
年金や社会保険税に対する、
雇用主負担も無くなり、
支払いの負担が倍増します。
お金も無かったフリーランス1年目は
その負担増に、本当にびっくりしました。
この時もホ・オポノポノを続けました。
何の事前の計画も、
準備もなく始まった
フリーランスへの転向でしたが、
なんとか今日の日まで続けることが
出来てきました。
【4】3回の自損事故で、
車を3回乗り換える
田舎の道で、飛び出してきた鹿にぶつかって1回。
冬の早朝に、凍った峠道でスリップして
ガードレールにぶつかり1回。(スノータイヤ着用済み)
自宅のガレージに駐車しようとしたとき、
開けたままだった車のドアがぶつかり、
部品が折れて1回。
どの時も、相当のショックでした。
こんな時にもホ・オポノポノを続けました。
まずは、どの事故の時も
車は故障してしまったのですが、
それ以外は、私も、他の誰も傷つく
ことがありませんでした。
夜道で突じょ道路に飛び出して来た
牡鹿にぶつかった時には、
道路の真ん中で、車のエンジンが
かからなくなりました。
まずいなぁと思いながら、
ホ・オポノポノしました。
すると、なんとか持ち直して、
その場所から、15分程走行して、
家に帰り着くことができました。
私が運転していた車にぶつかった、
牛みたいに立派な牡鹿も、起き上がり、
山の方にトコトコ駆けていきました。
翌朝、修理工場に車を移動させようとして
車のエンジンを掛けようとすると、
うんとも、すんとも言いません。
それ以来、その車のエンジンは
かかることがありませんでした。
事故の夜、私を家まで運んでくれたのが
その車の最後の仕事でした。
最後の力を使い、私を家まで送り
届けてくれた、その車に、私は感謝しました。
◇ ◇ ◇
峠道の事故のときには、私は運悪く、
携帯電話を忘れていました。
人里離れた峠道なので、
もちろん公衆電話などありません。
早朝でもあったので、
車も全く通りませんでした。
私は、その日、東京から来て下さる
お客様とカウンセリングをする
予定がありました。
そんな時に、峠道で、
車のタイヤがパンクして、
動かなくなり、携帯電話もなく、
どこにも連絡もできず、
本当に弱りました。
私はここでもホ・オポノポノしました。
すると、冬の早朝の峠道に
運よく車が1台通りかかりました。
私は、必死でその車に止まって
もらえるように全身で合図しました。
その車は止まってくれて、
ドライバーの方から、携帯電話を
貸してもらうことができました。
連絡がついた東京の方には
カウンセリングの会場を大阪市内から、
私の自宅のカウンセリングルームに
変更してもらうことができました。
保険会社にも電話を
掛けることができました。
保険会社は手際よく
対応してくださりました。
保険会社の手配で、
人里離れた峠道まで、速やかに
レッカー車が助けに来てくれました。
そのレッカー車に乗って、
私は自宅に戻り、無事に東京からの
お客様とカウンセリングを
行うことができました。
その後、自動車保険の保険金も
契約通りに支払われました。
私は、そのお金で満足の行く
次の車に乗り換えることができました。
【5】はるばるドイツまで
研修に行った時のこと
現地に着いて、研修初日の早朝。
私は、ホテルを出て意気揚々と
初めての海外研修の会場に向かいました。
<ドイツで滞在していたホテルでの朝食>
しかし、受付に行くと、
「研修費用(約18万円)が、まだ、
未入金だから、今払って下さい」と、
告げられました。
「えっまさか?!」と思い、
一気に顔が青ざめました。
研修費用は、日本のM銀行から
17日前に送金済みでした。
事務局のドイツ人に
私の下手な英語で掛け合って、
再確認してもらうも、やっぱりダメ。
入金履歴は確認できないと言われます。
そう言われても、私も引き下がれず、
同じく日本から参加していた、
ドイツ語が堪能な方を見つけて、
事務局のドイツ人に
もう一度掛け合ってもらいました。
しかし、事務局のPCのデータを
また、再々確認してもらうも、
やっぱり「未入金」との同じ回答でした。
そもそも、海外送金を依頼した、
日本のM銀行でも、
ドイツの送金先銀行口座まで
お金が届くかは保障できない。と
ハッキリ言われていたのを思い出しました。
こういうことなのか?と思いました。
もう1度、研修費用18万円を
支払うのか?思うと、パニックでした。
さっそく、もう帰りたい、と思いました。
しかし、もう、はるばるドイツまで
来ていましたし、
帰りの飛行機までこれからあと、
12日間もあります。
研修費用以外の交通費や、宿泊費、滞在費の
支払いで40数万円掛かっていました。
色々考えると容易に帰ることもできません。
結局、その日は、
支払い済みなはずの研修費用を、
研修初日から3日目までの分を、
日割りで、現金で支払う羽目になりました。
私は、ものすごくモヤモヤした
気持ちを抱えながら、ここでも、
ホ・オポノポノをたっぷりしました。
< 研修会場がある、ドイツの街の風景 >
そして、研修3日目。
私は、再度、事務局へ。
またまた、入金履歴を確認してもらうと、
PCを覗き込んだ女性の事務局の方は、
「入金履歴があります」
こう、あっさりと告げてくれました。
「よかったー!!」
しかも、私が日本から送金した
即日に届いていましたとも。
現金で支払った3日分の研修費も
還ってきて、無事一件落着でした。
しかしまぁ、
受付の名簿を作成した方や、
研修初日に確認を依頼した
事務局の方々には、
17日前に入金されていた、
私の入金履歴がなぜか?「未入金」に
見えていたのは、本当に不思議な話です。
< ドイツからの帰りの飛行機での私 >
この他にも、みなさんと同じように
私にも日々の苦労やストレスがありました。
しかし、上記の事例のように、
いつでも、ホ・オポノポノが
味方でいてくれて、助けてくれて、
道が開け続けてきました。
そして、今でも、こうして、
フリーランスのカウンセラーとして、
元気に仕事をさせてもらっています。
それでは、次には
ホ・オポノポノに出会うまでの
私はどんな人生だったのか?を
ご紹介させて頂きます。
そのことで、ホ・オポノポノと
出会った前後で私にどのような変化が
起きたのかが分かるかと思います。
2:ホ・オポノポノと
出会う前の私
ホ・オポノポノに出会う前までの
私の人生は、長らく停滞していました。
私は日記のような、雑記のようなものを
ノートに書くのが好きで、
高校1年生の16才の夏から
ホ・オポノポノと出会うまで、
12年以上書き続けていました。
< 当時書いていたノート >
内容は、その当時、日々感じていた
(湿っぽしい)ことをくだくだと
書いていた感じです。
しかし、当時は、自分では、
相当に面白い考えや、アイデアや、
自伝的要素が詰まった
宝物のような文集を綴っていた気分でした。
ところが、ホ・オポノポノを
始めて、3、4年経ったとき。
その日記のように日々書いていた
文集を読み返してみると、びっくり。
同じような、湿っぽしい想いが
幾度も、幾度もくり返し書かれて
いるだけの退屈な文集としか
思えなくなっていました。
ホ・オポノポノを習慣にする
前には、自分で読み返してみても
すごく楽しめた文集だったのですが。
この、12年以上も日記のように
書き続けてきた文集という
動かぬ証拠から分かったことは、
ホ・オポノポノをする前の
私は、同じ悲しみや、同じ不満、
同じ寂しさ、同じ苦労の感覚の中を
ぐるぐる回っているだけの
人生だったようです。
私は、ノートを書いていた
時期には、自己成長を望んで
月に10冊も20冊も読書したり、
チャレンジできる新天地を求めて、
社会人になってから6,7年の間に
3度の転職を経験したりと、
いつも前向きに努力していた
つもりでした。
しかし、実は、同じところを
ぐるぐる回っているだけで、
見かけは変わって行っても、
私の心の中は停滞したままでした。
◇ ◇ ◇
それでは、私を12年以上の
停滞から脱出されてくれて、
大きなストレスや、
小さなストレスからの影響を
いつでもケアしてくれて、
私が前に進むことができる道を
用意し続けてくれている
「ホ・オポノポノ」とは、
どのようなセルフケアの方法なのか?
ご紹介させて頂きますね。
3:ホ・オポノポノとは?
「ホ・オポノポノ」は、
私達の心と体の健康に
とても有意義で効果がある、
ハワイ発祥のセルフケアの方法です。
その効果と実績は、
あの国連(UN)や、UNESCOなどの、
世界的な公的機関が注目するほどです。
< 例 >
ホ・オポノポノ
(セルフ・アイデンティティー
スルー・ホ・オポノポノ)の
創始者のモーナ女史は
国連に3度招かれ、ホ・オポノポノの
トレーニングを提供されています。
【出典】<ホ・オポノポノ公式HP
(ホ・オポノポノ・アジアHP)>
https://hooponopono-asia.org
そして、「ホ・オポノポノ」は
以下の特徴があるので、
万人におススメすることができます。
< ホ・オポノポノ の 特 徴 >
- お金が全く掛からない
- 修行や練習の必要がない
- すぐに出来るようになる
- やればやるだけ、必ず効果があり、
ゴールへ一歩、一歩近づく
※上記はホ・オポノポノで
得られる効果で、ゴールです。
- 毎日、いつでも、どこでも、
自分一人で出来る。 - ホ・オポノポノで実践することは、
代表的なクリーニングツールである、
「ありがとう」や「あいしています」
などの言葉を心の中で
思い浮かべることだけで良く、
とってもカンタン。
この「ありがとう」や
「あいしています」などの
言葉を心の中で思い浮かべることを
ホ・オポノポノでは、
クリーニングと呼びます。
< 以上、ホ・オポノポノとは >
これが、ホ・オポノポノです。
次回は、私のホ・オポノポノ活用術の
具体的事例をご紹介させて頂きます。
次回をお読み頂くと、
ストレスフルな状況を抜け出して、
心身の健康を保つことに役に立つ、
ホ・オポノポノの活用術を具体的に
理解することができます。
次回もお楽しみに!
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【 ホ・オポノポノシリーズ INDEX 】
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